人工呼吸器を装着するか、しないか―。筋萎縮性側索硬化症(ALS)と診断された多くの患者が直面するのが、その決断だろう。
私は診断直後に「人工呼吸器を装着して生きる」ことを選択した。たんを出す目的で6年前に早々と、のどに穴を開ける気管切開の手術を受けた。
ただ、気管切開してすぐに着けたカニューレという器具はあまりに苦しかった。それで、人工呼吸器の装着を極力先延ばしにしていた。というよりも拒んできた。しかし実際は拍子抜けするほどあっけなく人工呼吸器につながれた。鼻マスク呼吸器に慣れていたのもあり、すぐに違和感はなくなり「自分のモノ」にした。
2016年2月に人工呼吸器を着け、3年になる。装着の直後から血液中の酸素濃度は日に日に上昇し、反対に二酸化炭素濃度は低下した。するとそれらと連動するように、すっかり病状の進行は止まった。いや、むしろ好転したと感じるほどだ。
現在は「ALSの病魔」におびえることはない。起きている時間は車いすに座り、視線入力パソコンを使ってお気に入りの音楽を聴きながら、書き物、講義や講演会の準備に時間を費やす。視線入力パソコンを車いすにも取り付けた。すると、長く休ませてもらっていた歯科医師会の仕事を再びできるようになった。

諦めていたおしゃれも楽しんでいる。マツダスタジアムに頻繁に出かけたり、旅行を楽しんだり。全身が活力に満ちている。
もともとジッとしているのが苦手な私は、人工呼吸器を装着した自分にもできることを見つけ、ベストを尽くすことを信条としている。そんな様子を間近に見る妻は「こんなことならもっと早くに人工呼吸器を装着するんだった」と笑う。
家族やヘルパーの力を借りて、あと30年はこのまま生きていけそうな気がする。現在は治療が難しいと言われるALSだが、30年の間には必ず「治る」病となる日が来るものと信じている。人工呼吸器を装着する以前は、「死」と向かい合う恐怖を感じていた。そこから解放された安堵(あんど)感でいっぱいだ。
<中国新聞 2019年(平成31年)4月24日(水曜日)掲載>