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ALSひるまず力まず12 ~「病人が書いた本」ではなくて~

ALSひるまず力まず12 ~「病人が書いた本」ではなくて~

ひょんなことから首を突っ込んだ広島県のオートバイレース史の編さん。「県内で開催されたレースの全てを網羅したろうじゃんか!」と、古い雑誌やレース機関誌などからレースの結果を集めに集めた。出版社に連絡を取り、人生初の本づくりが始まった。

Hirumazu12
日本自費出版文化賞の地域文化部門で入選した著書

日本自費出版文化賞の地域文化部門で入選した著書

 取材を始めてから3年、全てをつぎ込んだ「広島モーターサイクルレース全史」は完成した。広島県の湯崎英彦知事と広島市の松井一実市長から推薦文を頂戴した。県立図書館などの蔵書にもなった。

喉に人工呼吸のための穴を開けたのは原稿の執筆中だった。「声を失うかもしれない」と聞かされて、急いで導入した視線入力パソコンが強い味方となった。筋萎縮性側索硬化症(ALS)が進行しても、最後まで眼球は動く。その動きをセンサーが察知し、パソコンの全ての機能を操ることが可能なのだ。

不自由な両手でマウスを持ち、ゆっくりとしか動かせないもどかしさを思えば、目で見るだけで操作できるパソコンは夢のような道具だった。スキャンした資料を読むこと▽40万字の入力▽写真資料の整理▽編集者やデザイナーとのやりとり―。本づくりの全てに大活躍した。

元来の郷土史好きで、オートバイレース好きだ。執筆作業は楽しくてしょうがない。もはや「この仕事はワシにしかできん!」とまで思うようになった。視線入力パソコンの前での作業は1日12時間を超え、その間は身体が動かぬことなど忘れるほどに熱中した。

「病人が書いた本」という先入観なしで読める記録本が出来上がったと自負している。出版社の担当者に勧められて「日本自費出版文化賞」に応募してみたら、ナ、ナ、ナ、ナント地域文化部門で入選した。「表彰式をやるから東京まで来い」との知らせが届いた。だが入選ごとき(失礼!)で、妻とヘルパーと人工呼吸器を従えて上京するのも何なので、遠慮させていただいた。

本当は、視線入力パソコンで書き上げたことではなく、内容が評価されたのが何よりうれしかった。ハンディキャップがあることで特別視されるのは嫌なもんだから。病で身体が動かなくとも、努力すれば人間できるもんだ。

<中国新聞 2019年(令和元年)6月5日(水曜日)掲載>