呼吸するための筋肉が弱くなると、人工呼吸器の力を借りることになる。カニューレと呼ばれるプラスチックの器具を喉に装着するのだが、その刺激でたんが出てくる。取り除かないと窒息してしまう。常にたん吸引できる態勢で生活しなければならない。

従来は医師や看護師などの医療従事者と患者の家族しか、たん吸引ができなかった。だが、厚生労働省は2012年度、研修を受けた介護士にも門戸を開いてくれた。小さなことと思われるかもしれないが、人工呼吸器を着けて生活するわれわれにとっては大きな前進である。
たん吸引が避けられない患者が家庭にいると、家族は近所のスーパーへの買い物にすら出掛けられない。息の詰まりそうな暮らしから解放してくれることが、家族の「生活の質」をどれだけ高めてくれることか。
現在、8人の介護士が生活を支えてくれているおかげで、笑顔にあふれた毎日を送れている。私があちらこちらに出掛けたり、歯科医師会の仕事や講演を引き受けたりできるのも、彼ら彼女らの存在抜きには考えられない。
ところがどうだろう。広島市や近隣のほとんどの介護事業所では、リスク回避を理由にたん吸引を必要とする患者を受け付けないのが実情だ。私が発症して間もないころ、妻が区役所で介護事業所一覧を入手し、載った番号に片っ端から電話してヘルパーを探した。その際も、ALSと病名を告げたとたん、けんもほろろに断られたそうだ。
広島市からしてこのありさま。備後地区や郡部ではたん吸引を必要とする患者を受け付けている事業所を探すのは困難を極める。
ヘルパー個人はたん吸引の研修を受け、資格を有しているのにもかかわらず、ALS患者を受け付けない方針の事業所が存在するのは残念でならない。
こういうときこそ日本ALS協会広島県支部が立ち上がらなければならない。
支部ではALS患者やほかの難病患者が在宅で暮らすためのサポートとして、介護職の人を対象に、厚生労働省の定めるたん吸引の研修を開いている。われわれの暮らしを支えるだけでなく、幅広い意味での社会貢献につながるものと考える。
<中国新聞 2019年(令和元年)6月26日(水曜日)掲載・一部改編>