人工呼吸器を装着し、声を発することができない。その上、体が動かせない私はかなりの頻度で、ばかにされるような扱いをされてきた。
入院中の病院では、専門職たる看護師が耳元で「三保さ~ん、僕のことが分かりますかぁ~」。耳が遠い高齢者に話し掛けるように、鼓膜が破れんばかりの大声で話し掛けてきたことがある。また、私の存在を無視するかのように、看護師同士が頭上で雑談を始めたなんてことも一度や二度ではない。(わしゃあ、耳はよう聞こえるし、頭も悪うないつもりじゃ)

また、かろうじてしゃべれていた時期に仕事で出会った司法書士からこんな扱いを受けた。「病気で思うようにしゃべれないんですわ」と説明した父の声は届かなかったようで、席に着くなりチラッチラッと私を見る視線がどうも怪しく、いや~な予感がしていた。
業務上の説明を一通りした後、私に確認を取る際に「今までの説明が理解できますか?」。大きくうなずくと同時に渾身の力で「は・い」と答えた。どうやら納得いかなかった様子で、「では確認のため、名前と生年月日を言ってみてください」と。
再び私は渾身の力で「み・ほ・こ・う・い・ち・ろ・う・しょ・う・わ・よ・ん・じゅ・う・に・ね・ん・ろ・く・が・つ・じゅ・う・ご・に・ち・うま・れ(三保浩一郎、昭和42年6月15日生まれ)」と、聞き取りやすいようにゆっくりと答えた。
しかし、ため息とともに「ダメですねえ」とのたまう。 空気を察した父がすかさず「先生、(しゃべりにくいのは)病気なんですわ」。妻も「話の内容はすべて理解できてますので」と助け舟を出したのも無駄だったようで、「この方はどの程度まで理解できるのですか」ときた。
これにはさすがに驚いた。 オッサンより、よっぽど頭はエエつもりじゃ!何なら英語でも数学でも、国語でも理科でも社会でもええ、勝負しちゃろうか。という思いはのみ込んで「(医師の) 徳田虎雄と同じ病気だ」と言ったのを妻が聞き取り、通訳してくれた。それでもなお納得しない彼は「あの人は体が動かないだけで、頭はまともなんですよねぇ」と言う。跳び蹴り食らわせちゃろうか!
<中国新聞 2019年(令和元年) 8月7日 (水曜日)掲載>