ろれつが回らなくなってきたのと時を同じくして、舌の動きが悪くなり食べ物をうまくのみ込めなってきた。
デブ特有の早食いだった私も次第にゆっくりのみ込むようになり、日に日に食事時間が延びていった。

1回の食事に1時間近くかかるようになった頃には、食事を残すようになった。それまでの私では考えられないことだ。この時期は粘りのある食べ物の方が食べやすくなり、卵かけご飯をメインに据えて、ご飯にいろんな物を合わせて口にした。
うまく食べ物をのみ込めないと、つい上を向いて喉に落とし込もうとしてしまう。だが、この姿勢は誤嚥(ごえん)の危険が増すように感じる。飲み物もそのまま飲むとむせることが多くなった。市販のとろみ剤を混ぜてみたが、肝心の喉越しが感じられない。「うまい!」とは程遠いものだった。
となると、いよいよ事前に開けておいた「胃袋ピアス」(胃ろう)の運用開始だ。胃ろうからの注入食で、口から取る栄養の減少を補う。口と胃の両方を使う期間を経て、誤嚥が著しくなり、とうとう口から食べることを諦めた。
摂食・嚥下(えんげ)障害というと、歯や口の中の問題と考えられがちで、口の中のケアを優先することがある。しかし病気によっては、胃ろうからの水分補給、栄養補給に早めに切り替えたほうが安全だろう。
胃ろうをつくることに抵抗を感じる方も多い。でも、歯科医でもある私はこう説明する。「歯がなくなったら入れ歯を入れるでしょ? それと同じでのみ込みができなくなったから胃ろうで補うだけなんです」
何かの拍子に唾液が気道に入ると、そのたびに呼吸が浅くなった。血液の中の酸素濃度が低下し、呼吸困難を何度も経験した。そこから生還するには気管内のたんを吸引して取り除かなければならない。呼吸が浅くなった状態での吸引はとてつもない苦痛で、意識を失う寸前だ。
たん吸引を終えると鼻マスク呼吸器を装着し、目を閉じてじっとするほか手がない。思い返してもこの頃が最も苦しかった。ALSに「寄り切り負け」するところだったのかもしれない。
<中国新聞2019年(平成31年)4月17日(水曜日)掲載>